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「どこまでも個人的でフィジカルな営み」と無意識の意識

私は作家や小説家ではありませんが、いわゆるものを書いて伝えるということを大事な仕事の一つにしています。

そして、ものを書いて伝えるということは本当に日々体力を消耗します。

デスクに座っているだけで、大きく体を動かしているわけではないから、そこまで体力が消耗するわけないだろと多くの方にお叱りを受けることが想像されますが、いやいや、これが本当に体力を消耗する営みなのです。

小説家の村上春樹さんは著書「職業としての小説家」で小説を書くという仕事のことを「どこまでも個人的でフィジカルな営み」と表現していますがまさしく言い得て妙で、その言葉の通りだと私も思います。

その言葉に出会ったときは、どこか救われる思いがしました(私は小説家ではありませんが・・・)。

何か心の中でつっかえていたものをうまく表現できる言葉に出会えたという喜びと、30年以上文章を書くことを生業にしている村上春樹さんでさえも同じような思いを抱いておられるのだという心地よい安堵感と、何か深い部分で繋がっているのだという不思議さに少なからず身震いしたことを覚えています。

孤独な時間に何かが生まれる

著名な方とお話しすると「孤独な時間にいいアイデアや作品は生まれる」というようなことを、直接的ではないにせよ間接的な表現によって聞きますが、やはり私も同じで、孤独な時間に「何か」が生まれたりします。

もしかすると、それを「ひらめき」というのかも知れませんが、何か問題を解決する方法や、意識の底に存在している無意識の領域に入り込むにはそれなりの「手続き」が必要なのかも知れません。

そして、孤独な時間に、いかになかば無意識的に自分の内面と向き合うか、意識の底に手を突っ込むことができるのか、それが最終的な仕事の質を決めているような気がします。

だから、いかにしてこの無意識の領域に手を出すかが勝負の分かれ目になってきます。

正直、この作業はとてつもなく面倒臭く、いわゆる「のっている」状態以外では、意識して行う必要があります。

「さあやろう!」ですぐにとりかかれれば良いのですが、なかなかそういう状態にならない。

逆説的な表現になってしまいますが、意識下にあると、無意識の領域に手を伸ばすことができないのです。

だから、最近は簡単なものから始めたり、なんとなく表面に浮いてきた一つの言葉を頼りに自由に言葉を紡いでいって、少しずつ脳をあたためていき、気がついたらいつの間にか流れに乗っているという状態に意識して持っていっています。

少し古い表現かも知れませんが、エンジンが「ブルンブルン」と何度も音を立ててはを繰り返し「ブロロロロ」とエンジンが始動する、いわゆる無意識下のフローの状態になるまではものすごく時間がかかるのです。

無事エンジンがかかり、流れが見えてきたり、流れに乗ってしまえば、後はすんなりとコトが運ぶことが多いのですがその状態に持っていくまでが非常に面倒くさい。

自分でも嫌になる程です。

宮崎駿いわく「脳味噌に釣り糸を垂らす作業」

私の場合は、SEO(検索エンジン最適化)を気にしなくて良い、SEOのレシピのコラム記事の場合は、外部から刺激をもらうことで自身の思いを言葉にして綴っていっています。

ただ、これには少し困ったことがあって、外部から何らかの刺激を受けないと、何も出てこないという問題点もあります。

せっかく、たくさん底に沈んでいるものをため込んでいるのに意識の底から引き上げるスイッチのような働きをする刺激がないため、何も表面に浮き上がってこないのです。

これには本当に困りました。

コロナ以前は、街角のカフェなどで思いを巡らせ原稿を書くことが多く、考えをまとめたり言葉を紡いだりしながら自然と外部からの刺激をもらっていましたが、今は街角のカフェに足を運ぶことがあまりなくなってしまったからです(私の得意分野はウェブマーケティングにありますが、その本質は観察をしたり文章を書くことにあると思っています)。

例えば、「前々から思っていたけど言葉にしたり考えをまとめずにあえて意識の底に沈めておいて、何か外部からの刺激をきっかけとして必要な時に取り出す」と言った無意識の意識が取り出せなくなってしまったのです。

これは前回お伝えした宮崎駿さんの映画を作ることは「脳味噌に釣り糸を垂らす作業」に通ずるものがあります。

>>>コンテンツを作成する時に時間をかける意味と時間をかけない意味

また、昔読んだもので、本の名前は忘れましたが、プロデューサーのおちまさとさんは良いアイデアは「記憶の複合体」から生まれると表現しています。

おそらくいずれの職業にもプロと呼ばれる方には、通底する何かがあるのだろうと思います。

どのような仕事もそうだと思いますが、たいていの仕事は自分の内面と向き合い、感情や考えを自身の言葉に変換し相手に伝えていく繊細な作業だと言えるからです。

SEOはGoogleとユーザーの間に入り翻訳することである

SEOの仕事は大変です。

Googleとユーザー、双方の間に入って、原稿を書き、ユーザーに対しても、Googleに対してもわかりやすく伝える翻訳者のような役割をしなくてはならないからです。

そしてそれはどんなに気合を入れて書こうが、結果を出すまでには時間がかかります。

さらに、多くの場合、うまく翻訳できたからと言って、すぐに結果が出る世界ではありません。

また、どんなに気合を入れて翻訳しようが、それが必ずしも検索結果として上位表示されるとは限りません。

だから難しい、だから迷う。

SEOには絶対的な解はなく、そこにあるのは相対的な評価であり、Google様の機嫌次第でもあるからです。

確かにトータルで見るとGoogleは良いコンテンツを評価する傾向にはありますが、ネットの世界ではどんなに内容が優れた良いコンテンツを作成しようが、他のどのようなコンテンツよりも多くの人の救いになるコンテンツであろうが、Googleのアルゴリズムがそれを評価しない限り、一般の方の目に触れることはありません。

だから難しいし、迷うのです。

ちなみに、このコラムでは特にSEOは気にして書いていません。

SEOを気にしないと伸び伸びと自由に書くことができますが、こうしたコラムは検索エンジンで上位に表示されるようなことはありません。

そして、ネット状にあふれている記事の大半のコンテンツは、特にSEOを意識しないこうしたコラム的なものです。

皮肉なものです。

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