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ウェブの業界で生き抜くためには実力や努力とは関係ない部分での運や巡り合わせが必要になる

あまり語られることはありませんし、私自身もあまり積極的に語ることはありませんが、プロとしてウェブの世界で生計を立てていくためには、ある種の「資格のようなもの」が必要になるのではないかと私は考えています。

なんとなく。

「資格のようなもの」と言っている通り、特別な「札(ふだ)」としての「資格」ではなく、そこに存在しているようで存在しない、目に見えることのない不確かな何かとしての「資格(のようなもの)」です。

資格を得るためには「実力」はもちろん必要ですが、大きく「運」や「巡り合わせ」が関係しています(なかには「実力」1割、「根気」1割、「運」や「巡り合わせ」が8割だという人もいます)。

少し、思うことがあり、今回はこのプロとしての「資格」について、私なりの考えをまとめていきたいと思っています。

プロとして生き残る「資格」について

ウェブの世界は極めてオープンな業界です。

参入するのも自由、撤退するのも自由といったある意味において来るもの拒まずの極めて開かれた業界ですし、ましてや誰もが簡単に自分発信のメディアを持てる時代ですから、アカウント作成という緩やかな壁を乗り越えることさえできれば、いとも簡単にチケットを片手に(外から見れば晴れやかな)舞台に上がることが許されます。

実際、ウェブの世界は常時インターネットでつながっていますから、24時間あなたがどこにいようが関係なくあなたに「やる気」さえあればほんの数分で、例えどんなに時間がかかったとしても正味1時間ほどあれば入場するために必要となるチケットを入手することができるでしょう。

チケット入手に必要なもの?そんな大それたものは必要ありません。今では誰でも簡単に無料で「アカウント」というチケットは手にすることができます。

しいて言えば、読み書きする能力でしょうか。読み書きする能力さえあれば誰でも簡単に、まだみぬ聴衆が次なるヒーローを求めて歓喜する晴れやかな舞台に上がることが許されます。

ホームページ、ブログ、SNS、YouTube・・・時代によって売れ筋のメディアの「あり方」は変化していきますが、そこに参入するのも自由、撤退するのも自由、当たれば大儲け・・・・はたからみれば実に調子のいい業界のように思えます。

そしていつの時代もメディアはヒーローを探していますし、そうした時代の波に乗り、一攫千金、億万長者となったものも出てきて時代は最高潮。人々は叫び、踊り狂い、かつてないほどの盛り上がりを見せていきます。

けれどもその陰で、どこの誰がウェブの世界に参入したのかもわかりませんし、まるで移ろいやすく流されやすい人々の興味関心を象徴するかの如く、新しいメディアが生まれては消え、生まれては消えを繰り返していることを聴衆は知ることはありません。

メディアはいつの時代も、珍しいもの、他にないものなどいわゆる「普通でない面白いもの」に関心を示し、さもそれが世の全てであり真実であるかのように煽り立てますから、そのヒーローの背景にはどれくらいの退場者がいて、なかには「道」を失ってしまったものがいるのかについてはスポットを当てることはありません。

そう・・・別の角度から見ればこの業界、非常にドライな業界なのです。

そこに差し込む光が大きければ大きいほど、その影に隠れて失ったものも多くいる業界・・・・手軽に入退場できるけれど、荒波の中で新しい「島」を見つけるのは、それ相応の「運」「実力」が必要となり、ある種の「資格」が必要になる業界。

それがウェブの世界です。

また、一方で逆説的に思えるかもしれませんが、非常に排他的な業界でもあります。

SEO的に言えば、商業的に「売れ筋のキーワード」と言うのはある程度決まっていますから、その商業的に有効な「売れ筋のキーワード」を求めて既に入場している者たちが熾烈な戦いを24時間繰り広げています。

Googleの検索エンジンを逆手に取り、いかにそれを攻略するのかを狙って日夜死に物狂いで勉に励んでいる方達もいます。

文字通り、死に物狂いでGoogleのアルゴリズムを研究し、まっとうな正当手段で突破するものもいれば、法の穴を掻い潜る輩のようにGoogleの「裏」にある「エラー」をかい潜って、一筋の光を掴み取ろうとするものもいます。

もちろん「裏」をついた方法は長続きはしませんが、その手口はまさしく魑魅魍魎、けれど彼らもそれなりの正義感を持って取り組んでいるようにも思えます。

そして、それがことを一層複雑にしている面もあります。

Googleのアルゴリズムは常にその時代に生きる人々の思いに迎合していく傾向がありますから、世の風潮に歩幅を合わせ、表向きには人々のため、しかし実際は、どうすれば会社としてより大きく儲けることができるのかに目を向けています。

当然でしょう。

営利企業なのですから。

そしてGoogleにとって不都合なものはその巨大な権力を行使し、大鉈を奮って排除していきます。

長年メディア運営に関わってきて思うこと

長年メディアを運営していれば、嫌でも「いい面」と「悪い面」の両面をみることになります。

昨今のウェブの世界は、非常に殺伐としていて、血の流れぬ戦場ともいえるべく混沌とした状況にありますから、生き残りをかけた戦いに敗れ、生計を立てることが難しくなりしかばねとなって退場してしまった多くのものを見てきました。

戦いに敗れしかばねとなった者のなかには私の古くからの友人もおり、個人の力ではどうすることもできない時代のうねりによって、のみこまれ、その姿を消されてしまい、なかったものとされてしまっていたりしています。

その一方で、運命の悪戯、運命の巡り合わせと言ってもいいのかはわかりませんが、私のように生き残り、戦友ともよべるかのように舞台にそのまま立ち続けている人たちもいます(老兵と言うにはまだまだ若すぎます)。

実際にお目にかかる機会があった人、その存在や姿形はお互いが認識しており少なからぬ気配を感じてはいるものの、遠くにいて交わることのないもの、私が知っている戦友にも様々な方々がいます。

そして新しいメディアの誕生・・・その繰り返しです。

私は一つのメディアを長年運営してきて思うのです。

実は、それでプロとして生計を立て、食べていくためには、ある種の「資格」のようなものが必要になるのではないかと。

その「資格」を手にしたものだけが舞台に立ち続けることを許され、そうでないものは静かに立ち去っていく。

ただ、それだけのことなのではないかと。

そしてその「資格」というものは非常に曖昧なもので、「実力」や「努力」に大きく依存するのではなく、やはり「運」や「巡り合わせ」の要素の方が大きいのではないかと。

「資格」の「あり方」は、時代によって違います。

そして「資格」は目に見えるものでもなく、証明書のようなものもありません。

ただ、見えない何かとして、確かにそこに緩やかに「資格」として存在しているようなものです。

資格を得るには努力を伴う「勉」も必要ですが、それ以外の影響も少なからず(実際は多く)あるように思うのです。

そう言えば、少し前に読んだ村上春樹さんのエッセイの中にも同じようなことが書かれていました。

小説は誰でも書ける。けれども職業小説家として長年そこにとどまるためにはある種の「資格」が必要になると。

確かそうのように書いてあったと記憶しています。

追記:「職業としての小説家」著:村上春樹 に書かれていたこと

気になるので調べてみたら、村上春樹さんのエッセイ「職業としての小説家」という本の中で、下記のように記述されていました。

つまり小説というジャンルは、誰でも気が向けば参入できるプロレス・リングのようなものです。ロープも隙間が広いし、便利な踏み台も用意されています。リングもずいぶん広々としています。参入を阻止しようと控えている警備員もいませんし。レフェリーもそれほどうるさいことは言いません。・・・(中略)「いいから、誰でもどんどん上がっていらっしゃい」という風潮があります。風通しがいいというか、イージーというか、融通が利くというか、要するにかなりアバウトなのです。

ウェブの世界でもリングに上がるためのロープの隙間は広いですし、想像以上に広いリングだと思います。

踏み台も用意されていることが多い。そして来る者拒まずの部分においても非常に似通っているといえるでしょう。

続けて、下記のように記されています。

とは言え、リングに上がるのは簡単でも、そこに長く留まり続けるのは簡単ではありません。小説家はもちろんそのことをよく承知しています。小説をひとつふたつ書くのは、それほど難しくはない。しかし小説を長く描き続けること、小説を書いて生活していくこと、小説家として生き残っていくこと、これは至難の業です。普通の人間にはまずできないことだ、と言ってしまってもいいかもしれません。

ウェブの世界でも、それで生計を立てていくのは決して簡単ではありません。

時流に乗り、大きく自信をつけられたとしても、すぐに吹き飛んで行ってしまいかねない危うさも兼ね備えています。

そういう意味ではウェブや小説に限らず個人の力で職業として生計を立てるのにはどのようなものにもある種の「資格」のようなものが必要になるのかもしれません。

「資格」については下記のように記されています。

そこには、なんと言えばいいのだろう、「何か特別なもの」が必要になってくるからです。それなりの才能はもちろん必要ですし、そこそこの気概も必要です。また、人生の他のいろんな事象と同じように、運や巡り合わせも大事な要素となります。しかしそれにも増して、そこにはある種の「資格」のようなものが求められます。これは備わっている人には備わっているし、備わっていない人には備わっていません。もともとそういうものが備わっている人もいれば、後天的に苦労して身につける人もいます。

ああ、みな同じなんだなと思います。

その人が有名でも無名でも、いずれにしても「プロ」として、「職業」として生きていくものの中には何か特別な共通するものがある。

私のようなものでさえ、そう感じることがあるのですから、もっと高みの人にはさらなる景色が見えているんだろう、と思っています。

願わくば私もそういった景色を眺めてみたい。

もしかしたらだから、こうして描き続けているのかもしれません。

詳しいことはわかりませんが。

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