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夢は必ず叶うと言う違和感と限りある命について

命には限りがあるのだなと思う。

今年に入り命について強く特に意識するようになった。

それを意識することがらが僕の周りでたくさん起きたと言うことはあるのだけれども、去年から足を忍ばせて僕に近づき、今年に入ってそれが表面化してきたように思う。

それについては「恩人の死について思うこと」でも触れた通りだけれども、なんとも悲しいことが起こると誰しも限られた時間を生きているのだなと否が応でも思いしらされる。

そんな限られた時間の中であう人、お付き合いのできる人は本当に限られているし、ひとりひとりとの出会いが本当に縁なのだと思う。

僕が生きているこの世界は、僕がいなくなった後も、何もなかったかのように動き続けるのだろうし、特別変わることなくそのまま世界は動き続けるのだろう。

不思議なものだ。

そこには僕が存在しない。

 

努力すれば必ず夢は叶うと教えられてきたけど、そんなものは嘘だ。

努力しても叶わないことはたくさんあるし、何かをきっかけにして簡単に足を踏み外してしまうことだってある。

それは自分の意思とは関係なく突然起こる。

例えば、突然事故に巻き込まれてしまうかもしれないし、病気になって寝たきりになってしまったり、思うように動けなくなってしまうことがあったり、それはいつも音もなく唐突に訪れる。

そして、一度、足を踏み外してしまうと、元の場所に戻るのに時間はかかるし、元いた場所に戻ることができない可能性だってある。

いや、えてしてそう言うことが多い。戻れない可能性が多い。

 

でもそんな中でも夢や希望を持つことは大事だとも思う。

たぶん人は誰しも明日への希望が見えないと生きていけない弱い生き物なんだと思う。

夢や希望という大それたものではなかったとしても、目標や目的みたいなもの、何かをしたいという強い欲求。

それを持つことこそが生きる原動力であり、それを手に入れるために、人は1日1日を耐え必死に頑張ろうと思えるのだと思う。

そして、それなしでは人は生きていけないのだと思う。

そう思う。

 

今、日本ではだいぶ騒ぎが落ち着いているようだけれどもハッキリ言って今回の現象は人災のような面もある。

あまり大きな声では言えないけれど、アール・ナイチンゲールが言ったように「大衆は常に間違う」のだ。

本来そこに変わらずあるべきものを見ようとはせず、なんとなく流され、なんとなく信じ、なんとなく脅かされる。

歴史は繰り返すと言うけれども、どんなにテクノロジーが進化しても本質的に人間なんて昔から変わっていないのだなと思う。

力のあるものの言いなりとなり、大衆は扇動され、迷い、いつもババを引かされてしまう。

ただ、その対象が何になるのか、そこにあるものが変わるだけだ。

もちろんそれに巻き込まれてしまう人も出てくる。

例えば戦争。例えば疫病。例えば経済。

残念だけれども、人は個人として生きているわけではないので、その流れに逆らうことはできない。

少なからずダメージは受けてしまう。

 

人々の価値観なんて簡単に変わる。

5年、10年と言うスパンで見ても価値観は大きく変わっていく。

その多くを率いていくのは若者だけれども、その若者は大人によって価値観をすりこまれていく。

本当はゆっくりとゆっくりと価値観の変動は起き、ある時、それがふいに表面化していくものだけれども、今回の世の中の動きはガラリと急に価値観を変えざるを得ない出来事が起きてしまった。

世の中が進むべき方向性は、ある程度決まっているものだけれども、それでも、急激な変化や変動は人間にとってあまり好ましくない。

ゆっくりと変わっていくものであれば、それに適応できるけれども、急激な変化は、それについていけなくなってしまう。

そう言う時は世の中が混乱するし、迷う。

 

価値観なんて、所詮誰かがつくったもので、いつの間にか、そう言うものだとすりこまれているひとつの考え方に過ぎない。

 

ともかく。

僕は今こうして生きている。

けれども、いつの日かいなくなってしまう存在だ。

いつまで体が思い通りに動くのかなんて誰にもわからない。

今見ている世界が、次の瞬間、ガラリと変わってしまうことだってある。

いちいちそんなことを気にしていたら、前に進めないことはわかっているけれども、やっぱり怖い。

僕は、怖さを覚えてしまった。もしかしたらそれが大人になると言うことなのかもしれないけれど・・・。

 

僕は30代だし世間的に見ればまだ若く、ひよっこで、さらには働き盛りの年齢で、そんなことを考える必要はないのかもしれないけれど、でも、いつまでもこの世界が続いていくわけはないと言う危機感は常に持っている。

そうした危機感を持たざるを得ないし、持たなければいけないのだと思う。

経営者の端くれとして、生ある限り、何かを伝え、何かを残そうと働きかけないといけないのだと思う。

そもそも僕に経営者としての資質があるのかは疑問だけれども。

このコロナ禍ではいろんなことを考えさせられる。

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