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男性性の時代と女性性の時代、それにこれからの時代で求められる価値観について

世の中がすごく繊細になったなと思います。

語弊を恐れずに言えば、今は女性性の時代ですから、そうした向きがあるのは仕方がないのですが、何か言葉にできないけれども人が自由に生きる上で大切なものがどんどん失われていっていて、非常に息苦しい世の中になってきているように思います。

「みんなで認め合おうよ!」
「ハッピーになろうよ!」
「もっと楽しく美しく生きようよ!」

なんだか協調性が求められ、異端がはじかれ、名もなき共感を押し売りされているような、暗に孤独であることを認めることをよしとしない画一的な時代になってきてしまったように思います。

私の知る限りでは、また私の感覚では今の流れがここ10年くらいの間に少しずつ歩み寄ってくる時代の気配を感じていましたが、ここ数年で特にその傾向が強く顕著になり、コロナ禍でその動きが一気に加速したように思います。

男性性の時代からどっぷりとつかり世の中を生きてきたものとしては、なんとなく寂しさや違和感を感じながらも、時代に取り残されないように時代に合わせて生きていかなければならないとなと思っています。

世の中を見れば、ジェンダーの問題、共感やシェア、着飾った私、水面下での攻防、Instagram、美の追求、肉よりも菜食、健康志向、今の時代を取り巻く言葉はほとんどが女性的なものばかりです。

男性性と女性性について

共通認識として男性性と女性性についてちょっとだけ解説します。

時代の傾向の話になるので、全てに当てはまるわけではなく例外も多々ありますが、ざっくりと時代を俯瞰して捉えることで大枠の時代の傾向が掴めるかと思います。

男性性の時代とは

男性性とはその名の通りなのですが、ようは一般的に「男性的」だと知れ渡っている「男性的な色」を好む「男性らしい時代」ということです。

つまり、どことなく男性らしさがあふれる時代で、論理が重視されたり、攻撃的であったりどことなく暴力的で、リーダーシップが求められ、積極性、決断力と言った周りを率いる「力強さ」が求められる時代のことです。

この時代には男性的な力強さが強く求められますから、家庭を顧みずに仕事をする男性的な姿だったり、富や名声といった権力が重視され、つまりは「力強さを象徴するモノ」が支持される時代となります。

【男性性の時代を象徴する言葉】

論理
攻撃的
リーダーシップ
積極性
決断力
その他物質的なもの

女性性の時代とは

一方で女性性とは、これもまたその名の通りなのですが、ようは一般的に「女性的」だと知れ渡っている「女性的な色」を好む「女性らしい時代」ということです。

噛み砕いて言えばどことなく女性っぽい、女々しさ(ネガティブな意味とは限りません)が表面に現れる時代ということです。

この時代には女性的な包容力や優しさが求められますから、仕事よりも家庭優先で、富や名声と言った権力にはあまり関心が薄く上昇志向が求められなくなって行きます。

カネや名声、権力の背景にある物質的な豊かさよりも、精神的で健康的な豊かさが求められて行きます。

論理で説き伏せるよりも感情が重視され、うんうんそうだよね!わかる!と言ったような他者との共感だったり、グループとしての協調性が求められるほか、計画的に物事を進めるというよりかは気分や雰囲気で決断したり、男性的な力強さよりも「共感力を象徴するモノ」が支持される時代となります。

【女性性の時代を象徴する言葉】

感情
直感
共感力
協調性
美の追求
その他精神的なもの

2021年現在は「女性性の時代」の真っ只中

今言ったように時代には男性性の時代と、女性性の時代があります。

誰が時代を「男性性」やら「女性性」やらと最初に定義したのかはわかりませんが、どうやらそう言うみたいです。

多分最初に言い出したのは日本人ではなく海外にいる謎の専門家もしくは謎の学者でしょう(笑)。

それを日本の専門家の誰かが、こっそりと見つけ自分発信して、さも自分が最初に言い出したかのようにして広めて行ったのだと思います(笑)。

・・・と言ってもまだ広く一般的に言葉として浸透しているとは言えませんが。

ともかく、私は「男性性」と「女性性」の話について、数年前に友人からはじめて聞いたのですが、そういうカテゴリー分けをする人もいるんだなと非常に感心したものです(具体的にいつどのタイミングで聞いたのかまでは覚えていません)。

もちろん時代の流れは感覚的にわかっていたし、なんとなく雰囲気として感じてはいましたが、それを言葉にできる人は、またそうした雲を掴むような概念を言葉としてまとめられる人は本当にすごいな、素晴らしいなと思います。

私にはそういう能力がありませんから。

私はわかりやすい言葉で簡潔にまとめることが苦手で、どちらかというと、こうしてそれを彩る周りのものをお話しして、雰囲気として「そうなんだよ」と伝えることしかできないのです。

また、なかには200年ごとに移り変わる時代の流れで今は「風の時代※」だという人もいるようですが、こうした言葉が表面化するのも女性性の時代ならではだと思います。

※風の時代とは、ものに縛られず型にはまらない生き方、または自由で多様性に富んだ価値観を持つ時代のことを言うようです。つまりは物質的なモノではなく精神的な豊かさ、自由な生き方が求められる時代のことをいうようです。

今の時代は物質的な豊かさを追い求めることはダサい

時代というのは面白いもので、人々の価値観をガラッと変えて行きます。

全ての価値観がひっくり返るわけではありませんが、多数派と少数派が入れ替わることで時代が求めるものが変わってくるのです。

例えば、考えてみて欲しいのですが、ちょっと前は富や名声、権力がカッコいいとされる時代でした。

億ションに住み、お金を持っていることがわかりやすいフェラーリを乗り回したり(本当はそれよりも丈夫で高級な車はあるのに)、誰もが認めるきらびやかなブランド物で身を固めることが正義とされ、それが社会的なステータスとなったり、そうしたモノに憧れを抱く時代でした。

つまり物質的な豊かさで身を固めることで他者との違いを見せつけることが社会的ステータスにつながり、それが「かっこいい生き方」だとされる時代だったのです。

ただ今の時代は違います。全体の傾向として、そうやってみせびらかすことは逆に「ダサい」と言われる時代になっています。

海外ではそうした「きらびやかなものに身を包むことのダサさ」という価値観が浸透していっているように感じますが、日本はいつも少し遅れてやってきますから、今後日本でも今までの社会的ステータスを象徴するものは少しずつ「いつの時代の価値観だよ・・・」と言われるようになってくると思います。

それを象徴するように、あなたもブランド物を持っている人を見ても昔ほどかっこいいと思えなくなってきていませんか?

昔はルイヴィトンなどのわかりやすいブランドもののバッグやら何やらで身を固めるだけで「かっこいい」と思われる時代でしたが、今は、ブランドものではなくてもプチプラのものをうまく使って工夫し装うことが「かっこいい」と思われる時代の価値観に変化してきています。

従来のブランド物を身につけるよりも環境に配慮した持続可能な社会をつくるために協力している精神的な何かが背景にある物を身につけることが「かっこいい」とされる時代の傾向があり、また世の中全体の動きとしてそうした価値観を植え付ける教育方針もあるので、そうした時代がここ数年の間に確実にやってくるでしょう(SDGsのように)。

(もちろん例外はあり、そうしたものを身につけることが社会的ステータスとなる社会的グループもあります。ここでは、あくまで一般的な広い社会全体の流れの話をしています)

(さりげなくブランド物で固めるのであれば、今の時代でも支持されることはあります)

富や権力の集中ではなく、社会貢献こそが正義の時代

日本ではまだそこまで浸透していませんが、海外を眺めて見ると本当この流れは顕著で、時代はいまやもう私腹を肥やすことではなく社会貢献してこそかっこいいという時代になってきています。

お金をたくさん稼いでいい物を身につけることもいいけれど、それよりもお金を人より稼いだのなら持続可能な社会を築くために役に立つ物を身につけたり、それらに貢献するお金の使い方をする方がかっこいいと思われてきています。

実際、海外のお金持ちは、そうした時代の流れを読み、社会貢献的なお金の使い方をどんどんアピールするようになっているように思います。

もしかしたら、お金の使い方は依然として変わっていないのかもしれませんが(多分、かげでは今までと同じようにラグジュアリーな物を買い漁っている)、見られ方を気にして、社会貢献的なお金の使い方をすることをアピールしています。

今後、日本風にカスタマイズされた社会貢献が今後台頭する

歴史を遡ってみると、日本はだいたいいつも海外から何かを仕入れてそれを独自にカスタマイズして行きますから、ここ数年で日本風にカスタマイズされた社会貢献こそがかっこいい時代になっていくと思います。

たまにテレビなどの報道でもされていますが、海外ではすでに富や権力を集中することは悪だという流れも出てきています。

ちょっと前は、富や権力を一箇所に集中させたり富や権力を持つことこそが正義で、一部の人が多くを稼ぎ、私腹を肥やし、それをそうでない人たちに分配するという流れが組まれることが一般的であり、それを世の中が支持し富の集中が社会的正義につながることを信じ傾向で世の中が進んでいました。

・・・が、SDGsという言葉が意味しているようにその背景で犠牲となったものは多く、やっぱり一部の人に富を集中させるのは間違っているよね、それよりも、社会全体でみんなで幸せになれる世の中を協力して作って行こうよという流れになっています。

つまり時代の大きな流れとして、富や名声、権力よりも、社会貢献だったり、いわゆるみんなで築き上げる”社会性”が求められる時代になってきています。

高価なモノやサービスが売れなくなるわけではない

ただ高価なモノやサービスが売れなくなるわけではありません。

いや、むしろこれまで以上に高価なモノやサービスも売れやすい時代になると言ってもいいと思います。

お金の使い方にしてもおさえるところはとことんおさえ、お金をかけるところにはとことんお金をかけるという時代になってきているように思うからです。

もちろん程度の差はありますが、その流れが顕著なように思います。

例えば、旅館などを見ても一泊1万円から2万円程度の中間価格帯の旅館はこぞって苦労されているけれども、一泊5万円以上の高級路線や一泊数千円程度の激安路線はなかなかな好調ぶりを見せています(今はコロナ禍ということもありどこも苦しいようですが、校長ということには変わりありません)。

品質の伴っていない見せかけだけの”高級”が多い

これについては言いたいことがありますが、まあ、見せかけだけの高級旅館がなんと多いことか。

現在高級旅館として価格設定されている”日本の高級旅館”に泊まってみれば実感しますが、サービスや品質は伴っていないのにもかかわらず、内装だけを高価に見えるよう整えて価格をリニューアルしただけの高級旅館がなんと多いことか・・・。

つまり高級なのは”価格”だけで中身が伴わない”ハリボテの高級旅館”が非常に増えてきているように思います。

少し前はそうではなかったはずで、高級旅館と呼ばれる旅館は何よりもサービスの質が確かなものであってこそでしたが、なぜか今は”イメージ”やら”雰囲気”重視の”コマーシャリズム”に踊らされた変な世の中になってきています。

そして多くの人はそれに騙され、特に確かな品質を持つ高級旅館に泊まったことのない比較対象を持たない若者は、はじめて泊まったそれを高級旅館のスタンダードとして記憶し、そういうものだと再構築され一般的になっていく。

なんというか”偽物”が”本物”に移り変わり支持されていく変な動きはWEB界隈の話だけではなく、そうしたところにも忍び寄っています。

これは完全に余談ですが・・・。

過去に書いた記事でも実はこの偽物が本物に変わるおかしな現象については触れています。

>>>【コラム】悪貨は、良貨を駆逐する(悪いコンテンツは、良いコンテンツを駆逐する)

不景気や情勢が不安定な時は確かなものを求める

逆説的かもしれないけれど、不景気とか社会情勢が不安定な時は、お金の流れは偏りを見せ一局に集中する傾向があります。

ひとは確かな物を求めるからです。

だから価値がわからない不確かなものにはひとは見向きもしなくなるのです。

皮肉なことですけどね。

だから一人勝ちが起こりやすい。

例えば、アパレル業界は不振だと言われていますが、ユニクロは好調です。

ようは、本来あった余裕を持った遊びによるカネが(不確かなものに流れていたカネ)、遊びを嫌い価値のわかる確かなところにカネが流れて行き一曲に集中する、単にカネの流れが変わっただけなのです。

それも人々は精神的に誰から見ても確かな価値だと信頼できる安心感のあるものを求めますから、ある程度、名前が知れ渡った多くの人がそうだと認める確かなものに流れて行きます。

つまり、品質がある程度担保できていて、価格も確かなもの、それらのニーズにユニクロと時代が合っている。

もちろんそれだけではなく、物事はいつも複合的な要素によって成り立つので背景にある時代の流れ、トレンドと合致しているから伸びていると言う背景的要因もありますが、社会現象とも呼べるほど大きな流れは、それだけでは起こりえません。

鬼滅の刃という映画が、興行収入を塗り替えたという話題が昨年の暮れにありましたが、これも鬱屈とした時代に話題性があり、品質が担保されている確かなものだと思われるところにカネが一極集中したことも一つの要因としてあります。

ジブリ映画作品のプロデューサーでもある鈴木敏夫さんも「(観客動員数)100万人までは作品の力。それ以上は社会現象」と言っていたようにやはり大ヒットは社会的な背景要因が複雑に絡み合わないと生まれないのです。

「リラックス」と「ラグジュアリー」がキーワード

では昨今のトレンドとしての概念、枠組みとしてのキーワードはどのようなものなのでしょうか。

今の時代のキーワードは「リラックス」と「ラグジュアリー」です。

高価なものも身につけたいし、けれども感覚的な体験もしたい。そんなわがままに答えられる何かが今後は流行っていくでしょう。

これが大まかな時代の流れです。

例えば、普段の日常遣いとしては安価な物を身につけ、ときに高価な物を身につけて優雅に振る舞う。

大きく言えば、そんな価値観になっていくのだと思います。

急激な変化は社会を不安定にさせる

ただ、この時代の流れ、変化は急激に起き、なんだか価値観を無理やり押し付けられているかのような嫌悪感を抱くことがあります。

別にそれが嫌なわけではないのですが、何か押し売りされているような思いを抱くことがあるのです。

同調圧力というか、私がこうだからあなたもこうだよね!と言うようなディズニー映画に出てくるキャラクターのような軽い感じで重く押し付けられているように感じることがあります。

もしかしたらそれが私の感じる息苦しさや気持ち悪さの正体なのかもしれません。

ああ、つらい流れですね。

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