ここでドイツの財政家であり経済学者でもあるヒャルマール・シャハト(1877~1970)の経済思想についてもお話ししておこうとおもいます。
シャハトは「自由主義」や「共産主義」に見られる一方の経済法則を如何なる局面においても通用するものとして盲信するべきではなく、その時々の局面に沿って対応していくべきだという立場をとっています。
「経済政策は科学ではない、一つの技術である、だから確固不動の経済方策や不変の経済法則について云々するのは誤りである」
つまりシャハトは「全ての局面において通用する経済法則など存在しない」からこそ、一つの経済理論を盲信したり、それぞれの学派による立場に固執するのではなく、経済政策はその時々の時流を見て柔軟に対応していくべきだと主張しているのです。
目次
「自由主義」と「共産主義」について
ヒャルマール・シャハトは戦前のドイツの財政家です。
シャハトが活躍した戦前は「自由主義」と「共産主義」と言う2つの経済学派がお互いの理論の正当性を激しく主張し合っていました。
当時のドイツは貧富の差が激しく、格差が極限に達していたこともあり、いわゆるナチズムの考え方である社会主義国家に傾倒しつつありました。
そしてそれが振り切れた時にアドルフ・ヒトラー率いるナチスが政権を握り、全体社会主義国家に移行していく運びとなります。
自由主義(資本主義)とは
自由主義とはまさしく今私たちが生きている資本主義社会のことであり、経済は自由にしておくべきと言う立場をとっている経済社会のことを言います。
つまり経済活動を自由にしておけば社会は発展すると言う立場をとっている考え方です。そして自由な経済活動を通じて富を持ったものはそれを運用することでトリクルダウン※が起き、ひいては人々を豊かにしていくと言う立場を持った考え方が自由主義の基本的な考え方になります。
※トリクルダウン理論とは・・・「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富がこぼれ落ち、経済全体が良くなる」とする経済理論
共産主義とは
一方で共産主義とは、経済を自由にしておくと、やがて資本家に支配されてしまうので、そうならないように経済活動は国家が管理して富(収入)は平等に分配すべきと言う立場をとっている経済社会のことを言います。
経済活動は自由にしておくと一部の資本家ばかりが裕福になってしまうので、国家がきちんと経済活動を管理し、貧富の差が生まれないように富(収入)は平等に分配すべきだと言う立場を持った考え方が共産主義の基本的な考え方になります。
細かいことは省きますが、2022年現在は「共産主義」の立場をとっているほとんどの国は崩壊してしまっていますが(一部の国では現存)、先にお話ししたように当時は貧富の差が激しく、共産主義は理想的な社会を築くための経済政策のように考えられていたのです。
※この話だけを聞くと、共産主義はあたかも人類を救うような理論のように思えてしまうのも、今の社会があらゆる意味で疲弊している証拠だとおもいます。そしてこうした混沌たる思いが爆発するとナチスのような極端な考え方を持った怪物政権が誕生し、世の中を席巻していくのです。
シャハトの時代背景について
シャハトは第一次世界大戦後に起きたドイツのハイパーインフレーションを収束させた人物です。
当時、ドイツはベルサイユ条約で結ばれた莫大な賠償金などから物価が上昇するインフレーションが加速していました。そこでシャハトは「レンテンマルク」と言う特殊な臨時通貨を発行してインフレーションを収束させたのです。
これが俗に言う「レンテンマルクの奇跡」です。シャハトはこの仕事が高く評価され、アドルフ・ヒトラー率いる後のナチス政権でも経済の立て直し、並びに失業率の改善などに手腕を奮っていくこととなります。
特にシャハトの時代(第一次世界大戦後)のドイツの失業率は深刻なもので、シャハトの思想は大掛かりな財政出動などを通じて失業率を低くすることを信念に経済理論として組み立てられたものです。
そして皮肉なことに、この経済の立て直しや失業率の改善が国民の支持を受け、ナチス政権がより力をつけ怪物政権として暴走していく運びとなったと言われています。
「自由主義」の主張と「共産主義」の主張が激しく対立していた時代
またシャハトの時代は「自由主義」の立場をとった経済学派と「共産主義」の立場をとった経済学派が激しくお互いの理論の正当性を主張し合っている時代でした。
まるで水と油のように、決して混じり合わない理論をお互いの正義をもとに主張し合っていたのです。
と言うのも戦前は貧富の差が激しく、これを打開する経済政策として経済は国家が管理して富を平等に分配すると言う共産主義の経済思想こそが、経済の理想的なあり方だと信じられていたからです。
ただ一方で、「自由主義」の立場をとってから大きく飛躍発展した国々も多くあり、やはり「経済は自由にしておくべきだ」と主張する声も強い勢力を保っていました。
だからこそ、どちらの主義主張が正しいかが真剣に検討されていた時代でもあったのです。
現在共産主義の国家はほとんど壊滅している
すでにお話したように、現在では、「共産主義」の立場をとっていても貧富の差は激しくなる一方で、「共産主義」はうまくいかないことがわかり、今は「自由主義(資本主義)」の立場が世界を席巻しています。
言葉だけ聞くと理想的な社会を築くと思われる「共産主義」がなぜうまくいかなかったのかと言うことを話すと長くなりますのでここでは割愛させていただきますが、やはり経済活動を計画的に行い管理するのには限界があり、言葉で言うほど単純ではなくとても難しい局面が多いのです。
国家が全てを管理すると言うのは刻一刻と変わる世の中において計画的に運用しなければならないのでやはり難しく、ただ単純に計画的に進めていくひたすら単純作業の計画経済となってしまい、創意工夫が失われ「自由な経済」のように発展性が望めない社会になってしまうと言うのも大きな理由の一つです。
※富を平等に分配すると言う経済思想が共産主義の「中心」にある考え方にもかかわらず、なぜ貧富の差がより激しくなってしまったのかについては、ここでは詳しくお話ししませんので、気になる方はご自身で調べてみてください。
ここで私がとやかく言うよりも、いろいろと面白い発見ができるはずです。
よく歴史は繰り返すと言いますが、この言葉は言い得て妙で、まさしく人類史はその通りに、けれどもその時々によって微妙に異なりながらスパイラル状に現代につながっていると言うことを実感していただけるかとおもいます。
すべての局面に通用する経済法則など存在しない
とにかく、シャハトは1つの「単純な経済法則」を盲信するのは誤りであると言っています。
つまり経済は複雑で1つの理論で片づけられるほど単純ではないからこそ、一方の理論に傾倒せずに、その時々の局面によってバランスよく調整したり配備していくべきだと主張しているのです(このあたりの考え方はSEOにも通ずるものがあります)。
自由主義的な経済政策で競争を促しながらも、ただ放っておくのではなく、国家が介入すべきところは介入すべきだし、業界によっては規制を加えるべきだと言う考え方や立場をとっています。
国が関与し過ぎてもいけないし、関与しなさ過ぎて自由にさせ過ぎてもよくないと言う考え方です。
シャハトはあらゆる局面に対応できる経済理論が存在しないのだからこそ、その時々の状況に応じて臨機応変に対応していくべきだと言っているのです。
※冷静に考えれば「共産主義」は極端な考え方のようにも思えますが、何度もいうようにシャハトの時代はお互いの学派が激しく、お互いの正義を主張し合っていた時代でもあります。
シャハトの時代はかたや「経済活動を自由にすべきだ」と言う一方で「国家が管理し平等にすべきだ」と言う両極端な考え方や経済理論がお互いの主張を信じて戦わせ、その考えや立場に基づいて自由主義諸国と共産主義諸国に分かれて国家が運営されていた時代だったと言うのが時代背景としてあります。
共産主義はカール・マルクスの主張した理論(共産主義論)でもあり、19世期から20世紀にかけて流行りを見せた経済思想だったものの、1990年代初頭に共産主義国家は相次いで壊滅し、東欧に至っては共産主義国家は全滅してしまっています。
なぜ壊滅したのかといえば、共産主義は思想だけ見れば人類を救うための経済政策のように見えるものの、その実態は、より貧富の差を加速させたものに過ぎなかったからです。
また例え理論上成り立つように見えても、経済の全てを国家が管理して全てを平等にしてしまえば人間とは複雑なもので働く意欲やよりよくするためにはどうすればいいのかと言う創意工夫が失われてしまい、やがては社会全体の発展性が望めなくなってしまうところにも原因があったのでしょう。
ただこれも難しいところなのですが「自由主義(資本主義)」一辺倒の考え方も正しいとは言えません。
なぜなら共産主義国家が衰退した1990年代後半以降、世界的にみてより貧富の差が激しくなり、自由主義の思想の一つであるトリクルダウン(お金持ちがより富を持てば経済活動が活発になり貧しい人々にも富が分配され結果国民全体が豊かになる)による経済格差是正は現実には現れず、より貧富の差が激しくなってしまっている現状があるからです。
この辺りを指摘したのがフランスの経済学者トマ・ピケティの「21世紀の資本」になりますが、これまた気になる方は調べてみてください。
ピケティの経済理論では資本主義の問題点を指摘し、「所得や財産が多いものほど税率を高く」したり高所得者や富裕層の税金を高くするなどをして、世界的な規模で資産税の強化を行うことで格差社会を是正しようと試みています。
なぜなら、共産主義国家が崩壊した1990年代以降、均衡が崩れ、世界中の国々で高所得者層や富裕層の税金が安くなったことで貧富の差が激しくなったと主張しているからです。
確固不動の経済政策や不変の経済法則は存在しない
確かに単純な経済法則は一見すると正しいと思える時もあります。
ただ、それは時代と時代の波がちょうどうまく噛み合った時だけに訪れる現象で一過性のものに過ぎません。
それが過ぎ去れば、その経済法則や経済理論はうまく機能しなくなってしまいます。確固不動の経済法則や不変の経済法則など存在せず、だからこそ経済の動きをしっかり見つめながらその時々に応じて適切な手を打って行かなくてはならないと言うことをシャハトは警鐘しているのです。
ともすれば、現在は一つの主義に偏りがちです。
一方の立場をとれば一方の立場を捨てることになるし、一方の立場をとっている人が違う立場に立てば一貫性のない人だと揶揄されてしまいます。
けれども本当は、一方の立場だけで解決できる方策や法則はありません。
だからこそ、それぞれの立場に固執するのではなく、その時々の状況や局面によってお互いの立場を変えるべきなのではないでしょうか。
大事なのはお互いの正義を振りかざしたつまらない主張ではなく、結果なのですから。
そんなことをシャハトは言いたいのだとおもいます。
一方の主義に傾倒している人から見れば、主義主張を変える立場の人は、一貫性のない人に見られるのかもしれませんが、もしかしたらそうした考え方が社会を席巻することであらゆる機会が失われてしまって言っているのかもしれません。
※実際は、いかなるものも1つの理論だけでは片付けられないほど複雑でそうは単純なものではないのです。この辺りは会社経営でも同じですね。
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