今日はちょっと父のことを話してみようかと思います。
私の父は日本人なら誰でも知る企業の取締役でした。
父に迷惑をかけたくないので会社名は伏せさせていただきますが、サラリーマンとして入社し、人生のほとんどの時間を会社に捧げたと言っても過言ではありません。
家庭をかえりみないところもありましたし、実際深夜遅くに帰宅し、会社で終わらずに持ち帰った仕事をリビングで黙々とこなし、朝早く起きて出社すると言う生活を何十年も繰り返していましたから、そのほとんどの時間を仕事に費やしていたと言ってもいいでしょう。
休日は取引先の接待なのかゴルフクラブを持って出かけて行っていましたし、父と過ごした時間はほとんど記憶にありません。
身を粉にして働くとはああいうことを言うのだなと思います。
私はそんな父の背中を見ながら育ってきました。
目次
サラリーマンは上司で決まる
そんな父が、定年退職後によく言っていた言葉があります。
それはサラリーマンは上司で決まるという言葉です。
身を粉にして働き、人生を会社に捧げた父が言うことですから非常に重みのある言葉だと思います。
やはりどんなに仕事を頑張っても評価されない、どんなに仕事で結果を出しても評価をされない・・・そんな冷や飯を食わされた経験もあるようなのです。
父とお酒を飲みながら、話したときそんな言葉がほろっとこぼれ落ちるように出てきました。
父が言うには、それは一重に上司に嫌われていたからと言います。嫌なやつだったとも言っていました。
もしも、上司が変わった後も評価されないのであれば、父の「サラリーマンは上司で決まる」と言う言葉は嘘になり、実は父の方にこそ何らかの問題があることも考えられますが、上司が変わった途端にトントン拍子で階段をのぼって行く姿をみるとおそらくそれが真実なのでしょう。
だからこそ、「サラリーマンは上司で決まる」。その言葉に重みがあると思うのです。
父は昭和から平成の時代を生きてきた人ですので今となっては古い価値観なのかもしれませんが、たぶん今でも日本企業のほとんどがそんな旧態依然の体質を持った企業だと思います。
一度出来上がったものは、なかなか変わりませんし、今もなお会社の上層部にいる人間は旧態依然の体質から抜け出せずにいますから。
年若くして立ち上げた新興企業では表向きは実力次第だと言っている会社もありますが、実際は「実力」と「上司」の評価がないと上へのぼっていけないという話もよく聞きますから、日本にあるほとんどの会社がちょうどその中間のような立場を持っているのだと思います(世界的な状況は知りません)。
上司次第では冷や飯を食わされる
父がちょうど今の私と同じような年齢の時期が、冷や飯を食わされた上司だった時代にあたります。
その時、私は初めて聞いたのですが、転職しようかと考えていたこともあったようです。
これには本当に驚きました。父は愛社精神の強い人で、会社が好きで仕方がなく会社に人生を捧げている人であると思っていましたから、転職を考えたことがあるなど全くと言っていいほど思っていなかったからです。
父によると、そんな時代が数年間続いたと言います。
その上司を離れてからはそうした考えもなくなったと言いますから、どんなに意欲があってもサラリーマンはどれだけ上司の存在に影響されるのかを物語っているように感じます。
仕事は本人の実力とは関係ない部分で決まる
世間では自分の実力次第だとか、上にいけないのは自分の実力が足らないからと言う言葉で一緒くたにして片付けられていることが多いと思いますが、実際は父のようにそれだけではなく様々な要素が絡み合っていると思います。
どんなに実力があろうが、評価されない時は評価されないし、どんなに仕事をさぼっていたり、実力がなくてもそれを取り巻く人や運次第では、いとも簡単に上に行くことができる。
これが真実だと思います。
けれども、これを認めてしまうと、仕事を頑張っている人が評価をされないでバカを見るなんてふざけている、仕事をやっている意味がない!と感じる人が出てきてしまうでしょうから、分かってはいるものの公にすることができないのだと思います。
でも、私は父の話はもちろん、周りの話を聞いていて、客観的に見てみると、やはりサラリーマンは上司次第で人生が決まると言ってもいいのではないかと思うし、そう感じるのです。
そして、サラリーマンにとってはそれだけ上司が大事であると感じるのです。
実は世間一般的に思われているほど仕事ができる上司は少ない
残念ながら世の中はいい上司だけではありません。
いい上司、悪い上司がいるし、たぶん、世間一般的に広く見てみると悪い上司の方が多い気がします。
役職こそついているものの、仕事ができない上司なんて本当にたくさんいますし、世間一般的に思われているほど仕事ができる上司というのは少ないのかもしれません。
私自身、新卒で入社した会社の時に悪い上司に当たってしまい、心が病んでしまった時期がありますし、どうしようもなくなくなってしまった時もあります。
何せ、ことあるごとに立場の悪かった私に向かって八つ当たりのような罵詈雑言を浴びせてきましたし、上司であることを逆手にとって、そしてその立場を利用してあらゆる嫌がらせをしてくる人でしたから。
クライアントの前ではヘコヘコして、そつなく仕事はこなしているように見せていましたが(本当に演者のように人が変わっていました)、一歩外に出れば毒を吐くような本当にひどい上司でした。
私が在籍させていただいていた会社も360度評価のような人事評価の体制をとってはいたものの、この有様でしたから実際は周りの評価も大事と言いながら、上司の上司次第でどうにとでもなるのだと思います。
仕事は実力とは関係ない巡り合わせで決まる
また、これは会社員として会社に属して働いている時にだけではなく、会社を飛び出してフリーになるなり起業するなりした時にも言えると思います。
仕事は本人の実力とは関係ない巡り合わせで決まる部分が多いと思うのです。そして、世間一般的に思われているほど実は本人の実力はあまり関係ないように思えるのです。
決して実力が必要ないと言うわけではありません。
確かに実力は必要ですが、必ずしもそれに秀でている必要はなく、本当は何らかのきっかけだったり、巡り合わせが成否を分ける部分に大きく関係しているように感じるのです。
ただ、本当は実力とは関係ない部分が成功を左右するなんて口が裂けても言えることではありません。
でも、おそらくこれが真実でしょう。
これは私自身もそう思いますし、周りを見ていてもやはりそのように思うのです。
ちょっとしたきっかけで人生は好転する
世の中は本当おかしく不条理でいて不公平なもので、どのような立場であれちょっとしたきっかけで簡単に上りつめることができます。
それを流れに乗るだったり波に乗るというのでしょうが、一度そうした流れに乗ってしまうと本当にある程度のところまで実力とは関係ない部分で引き上げてくれます。
それは「あれれ」という間に訪れます。
もちろん、引き上げられた時に本人の実力が伴っていないと落ちるのもまた早いですが、ある程度下地があり、分分を知り礼をわきまえた人間であるならばある程度その状態を維持して行くことはできます。
仕事は実力だけでは決まらない
けれども、引き上げられたところからさらに上に行こうとすると、やはり才能などの実力と努力が必要になります。
だから最終的には実力や努力も大事だということになるのですが、実力なんてそこまでなくてもきっかけ次第である程度のところまではたどり着くことができるということは覚えておいて損のないことだと思うのです。
つまり、仕事は実力だけでは決まらないということです。
そしてそれを引き上げてくれるのは、やはりサラリーマンで言うならば直属の上司であり、会社を飛び出した人間であるのであれば、周りの力や本当よくわからない数奇な巡り合わせであったりします。
その人と馬が合い、うまく自分を引き上げてくれる立場にある人に出逢うと本当に人生はトントン拍子で進みます。
ただ、そこでそれが自分の実力だと勘違いしてしまうと落ちるのもまた早いので、本当分分をわきまえる必要があることは肝に銘じておく必要があると思います。
あなたにとってそれが私であるのか、私にとってそれがあなたであるのかはわかりません。
そういう巡り合わせを運んでくれる「縁」や「運」に感謝するとしか言いようがありません。
コメントを残す